小説【ラーメン屋旅館 ――女心――】

小説著者 【 末森拓夢 】


――雪の日に出会った女性――

 風に漂うような、ほんの小さな雨に気づいたのは、店に行くために車に乗ろうとした時だった。灰色に染まった雲が厚い事は分かっていた。だが、薄暗い街並みが小雨を消していたのだろう、車に乗り込みエンジンを掛けるまで雨が降っているとは思わなかった。

 雨に気付いてワイパーのスイッチを入れる。車のフロントガラスに付いた細かな水滴をゴムの刷毛が振り払う。と同時に頭の隅っこで、小さく折り畳められた記憶が、まるで手紙を開くように鮮やかに脳の中によみがえった。

 記憶とは、夢とウソ、このたったふたつの単語だった。

 なぜその単語が記憶の中にあるのか。いったい、いつからその言葉が、私の記憶に残るようになったのか。今朝の行動の中に結びつくものがあるのか。昨日の深夜、テレビの中で聞いた、何かのキーワードなのか。それは解らなかった。

 無意識に運転する車の中でさらに考えた。夢というのは、自分自身が持っている目的という事だろうか。それならば私は、若い頃に持っていた夢は実現している。ラーメン屋を開く事だった。今は自分の店の売り上げを伸ばすことに懸命である。

 だとしたら私の夢とは何だろう。普通の家庭を作ることだろうか。妻と離婚して、もう二年が近かった。オンナと言う意味では、今のところ不自由していない。だが家事の事になると、女は男よりも、格段の優れた所がある。そのことを妻と別れてから、親身に感じるようになってきた。だがそれと、私の記憶の中に有る夢とは違う気がする。

 つまり、私の記憶の中にある夢という単語は、意味が違う夢と言う事になる。ひょっとしたら、夢がウソであった、という事であろうか。それが一番近いのではないだろうか。

 元々夢は、自分自身が睡眠している時に、自分の脳が勝手に想像して見る物だから、現実に戻って考えてみたら、それはウソである。

 いやそれも違う、と私は思った。

 性分である。くだらない事をいつまでも考え込み、無駄な時間を使ってしまう。それはそれでも構わないとも思う。自分が勝手に想像して、自分の中になかったものを創造する。そしてそれを頭の中に隠すだけの事だ。

 ここまで広げた私の空想は、店に着くと同時に打ち切るしかなかった。毎朝のことではあるが、店に行き来する時間が私にとって頭の運動と言える時間帯であり、リフレッシュできる唯一の方法でもある。

 誰もいない駐車場に車をバックでいれ、少し窓を開けて車のキーを切った。その瞬間スイッチを切っていなかったワイパーが動き始め、フロントガラスの真ん中で止まった。それを眺めているとまるで今の私を見るようで、どっちつかずの状態に見える。

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