小説【ラーメン屋旅館 ――女心――No11】

小説著者 【 末森拓夢 】


 河野さんがこちらを見たので慌て、手と口の動きで否定をした。

 確かに奥さんは居ないが、いや実は私が見ていないだけで居るのかもしれないが、子供さんは居る。3人兄弟で今年の盆に一緒に食事に来ていた。そのときの世間話から一人は一緒に暮らしていて、孫は二人居る。兄と姉はさすがに別居していて、九州と、大阪に住居を構えている。その証拠に九州の焼酎と、京都のお土産を買ってきていた。年齢も嘘であろう。この前飲みに行ったときは85歳と言っていた。その前は確か58歳と言った事も有る。私は爺さんの前にカセットコンロを置き、そのコンロの上に、出来たばかりの私の料理を出した。土鍋と、麺と、たれだ。そして爺さんに
「どうぞ」

 とだけ声をかけた。河野さんの前にはなべ敷きを置いてから、土鍋を置き、その横に子供用に小さめの皿と、レンゲを出した。その時河野さんは、子供の靴下を履かせている最中で、靴はいつの間にかストーブの前で乾かしている。

 そういえば、今始めてその顔をじっくりと見た。正確に言えばその顔を見つめた。

 細面を少し丸くした感じの顔立ちに、筋の通った鼻筋。口紅をつけていない唇は、それでも少し赤みを帯びているように見えた。化粧はしていないようであるが、頬は桃色に染まって見え、それは冷たい外から入って来たせいでも有るのだろうが、素肌は、透き通るようにはっきり分かる位だった。子供の顔は、母親そっくりに可愛く、女の子と言っても分からない位に思えた。河野さんに声を掛けようとした時だった。ドアが開きふたり入って来た。先に入って来た人が山下幸雄でその後ろが浜口治。三人目の堀口がのれんを大事にしまってくれている。もともとは自分でしまう物なのであるが、商売を始めた頃からの客で、彼らが来る時間になると、この辺りの人は出歩いてくれないらしく、最後のお客に成る訳だった。決まって毎日この時間来てくれる私の大事なお客だ。
「今日は何にする」

 と注文を聞く。この人たちも爺さんと一緒で少しわがままで有る。最も毎日来ると、同じものばかりでは、飽きてしまうので仕方ないと思うが。爺さんのなべを指差し、
「何これ。美味そう、俺これが良いや」
「それは試作品で、私の考えでは、ひとつのグループでひとつの鍋を、頂いてもらおうと考えていて、量は麺の玉数で決めてもらおうと考えているところ」
「ほんじゃ、それにしよう。麺は、えーと、6人前で頼むわ。それとビール。ビンを2本ねっ」
「ハイ、畏まりました」

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