
さらに深く追求して来たあきが、何を言いたいのか、私には分かっていた。が、それ以上、私の家庭内の事を話題にして欲しく無いので、話題を変えた。30分位経った頃、いつの間にか爺さんに付いていた女性は居なくなっていた。あきは、自分がひいきにしているお客が来たのか、
「お客さんが来たから、一寸待っていてね」
そう言って、彼女は席を離れた。変わって顔も見た事の無い女の子が、ヘルプに入って来た。すると突然、いや、いつもの様に、爺さんが目の色を変えて話し出した。
「人と言う生き物は身勝手なものじゃ。例えばじゃ、何時も食べに行く美味しいラーメン屋が有るとする。あなたは必ずそこに食べに行く。が、有る日友人に誘われて近くの別のラーメン屋に行ったとしよう。そこのラーメンはいつものラーメン屋よりも大変美味しく、何時も行くラーメン屋の味がかすむ位だった。その事を確かめようと、いつものラーメン屋に行ったが、すでにそこのラーメン屋を、美味しいとは感じなかった。すると多分、あなたはもう、そのラーメン屋には行かないじゃろな」
その恵子と名乗る彼女が答えた。
「確かにそうですよね」
私も
「そうだ」と珍しく爺さんの事を感心した。振り返りチラッとあきを見て、直ぐにまた目の前の恵子を見た。爺さんは続けていた。
「そう思うじゃろ………」
話の終わりが近づいている。そんな風に感じられる話し方だが、爺さんの話は終わらない。まだまだ話題は続いていく。早い話が口説いているだけなのだ。
「私は高校の教諭をしていてな、………」
これは本当らしい。高校で国語を教えていたらしく、街中で時々、昔の教え子たちに出会っては、挨拶されている所を、何回か見たことがある。
「それで、私が始めて教えた子供の中に、あの、
「矢沢永吉」が居たのじゃ」
「キャー。それってマジですか。えっ、マジッ、マジッ」
恵子がやたらと興奮している。私にはそれが本当かどうかは分からない。年齢的に言うと、その位に思える。それに矢沢永吉は確か広島の出身であった。
「その頃、永吉は暴走族に入っていての、基町辺りのグループだった。それを連れ戻しに行くのがまた大変で…………」
どこまで話が本当なのか、私には、まったく分からなかった。
「爺さんそろそろ行こうか」
爺さんの話だけで30分は軽くつぶれた。まあ遊びに来ているのだからそれも有りだな。水沢あきが建物の外まで送ってくれ、そしていつもは言わない事を彼女は言った。
「今日2時ごろには店が引けるから、2時15分頃に携帯するね」
私はなぜか、どきっ、としたが、
「ああっ」
とだけ答えた。外は相変わらず雪が舞っていて、地面にはもう五センチメートルぐらいは積もっていた。父から貰った腕時計は、まだ1時だった。舞い落ちる雪を眺めながら、爺さんと河野友美の事を話題にした。
「爺さん」
「何じゃ」
「河野さんの事なんだけど、今後、彼女の事を、どう扱ったらいいんですかね」
「そうじゃの、どうしたらいいかの。まったく困った人が居るもんじゃ」
「河野友美さん確か、
「夫の所には戻らない」と言ったよね」
「いやそうとは言ってない。間違いなく、
「大阪には帰らない」と言ったじゃろ」
「えっ、そうだったけな。私には、
「夫の所には戻らない」と話したような、気がしたんだが」
「いや。絶対そうは言っていない。お前さん、えらいこだわるな」
「そうかな。でも気になるじゃない。彼女は、なぜ広島に帰ってきて、そして何処にも行く所が無いのか」
「そうか、そんなに気になるのものなのか」
「そうだよ。私の考えでは、彼女は、夫とは離婚して、広島に帰る事にした。だけど両親はいないから、友人を当てにして帰って来た。だが友人は居なかった。泊まる所が無い彼女は、泊まる所を探していた。と思うのが、正解でしょう」
「それじゃ、何で分かれた」
「多分、若いから、お金が無い。だからお互いがかなりギクシャクした生活を送っていた。そしてそれが原因で別れた。だからお金もない。必要な物も残っていない。何も持たずに帰ってきた。そういった感じですかね」
「いやっ、そうじゃない。夫は夫で、自分の故郷に帰っていった。このご時世だから、金が無く、使い込みか、横領、みたいなのをして、そしてそれがばれた。が、嫁さんと一緒に逃げるわけに行かなくて、別々に行動しているのじゃ。そうかも知れないじゃろ。だが、きっと何処かで会う約束だけはしているのじゃ。きっと………」
「でも爺さん。使い込みと横領は一緒だと思うけど………」
北風は寒かった。取り敢えず、居酒屋に逃げ込んだ。