どちらにせよもう疲れていた。布団にシーツをかけながら昨日からのことを、思い出していた。昨日の朝、夫が出かけた隙を見て、慌てて荷物をまとめ、家にあったお金を全て持ち、アパートを飛び出した。それからは良く覚えていなかった。必死だった。
夫に分かる事が怖かった。それが、駅で切符を購入して鈍行列車に乗り込む頃には、少し落ち着きを取り戻していた。
広島に着く頃にはもう夜に成っていた。鈍行を乗り継ぎ、12時間位は乗っていた事になる。駅に着くと先ず彼女は、自分がアルバイトをしていた店に向かった。
実は高校生の頃、アルバイトをした経験があったからだ。その頃彼女は、親戚の家に、居辛く、先輩達の家に泊めてもらう事が多かった。
独身の先輩達は、一人住まいが多く、寂しさをもてあましていた。彼女が来るのを喜び、進んで泊めてくれていた。当然彼女には、両親が居ない事も知っていて、泊めて上げる事が、彼女にとっても、先輩達にとっても、助かる事だった。そのバイト先は、海田町に有る。はずであった。無かった。4年という月日は長かった。何件かの先輩の家に電話したが、繋がらないか、電話には出なかった。それに夜も遅くなっていた。
その日は目に付いたビジネスホテルに泊まることにした。素泊まりで7千円取られた。が、止むを得ない事である、すでに残金は1万円とちょっとになっていた。
朝になって目が覚めて、行く所を考えた。ホテルはぎりぎりまで居た。それから小雨が降るので傘を買った。外は結構寒くて、北風が強かった。間も無く小雨はみぞれが混じるようになった。一番の先輩だった人のマンションを訪ねる事にしていた。当時は、十日市に住んでいた。結構記憶は正しいもので、何とか探し当てる事が出来た。
そのマンションで、傘を入り口に立掛けて、エレベータに乗りこみ、4階のボタンを押した。居なかった。今は昼過ぎで有るから居なくても不思議ではない、それにもともと表札は出していない。独身女性だから当たり前のことであった。そこにまだ住んでいるのか、それともどこかに転居したのか、確認が出来なかった。
それでも先輩に頼むしかない。そう思いながら下に降りると今度は傘が無かった。北風に飛ばされたのか、それとも誰かが黙って借りて行ったのか。とにかく無かった。もう手持ちも少なく、
「街中では有るから雨宿りには困らない」と思って傘はもう買わなかった。遅い昼ごはんを近くの喫茶店で取り、かなり時間をつぶしてから、もう一度たずねた。部屋に明かりは付いていない。コンビニで時間をつぶし、もう一度尋ねたが、結果は同じであった。何時の間にか子供の靴が濡れていた。疲れたせいもあって子供を歩かせたからであろう。慌てて脱がせて、そして靴下も脱がせた。
靴を自分のハンカチできれいに中まで拭いたが湿り気はとれない。乾いた靴下を履かせて靴を履かせるとまた靴下が濡れると思ったが、この寒空ではちょっとかわいそう。
靴下を履かせていた。それにお腹も空いて、目の前にラーメン屋が有るので入ろうかどうか迷っていた。暖簾の間から見る店内は結構忙しそうで、カウンターしかないように見える。子供がゆっくりするスパースは無いだろうと考え、それから念のため、もう一度先輩の所を尋ねた。がやはり居なかった。
もう行く所は無い。それに子供の足が気に掛かる。触って見ると靴下は湿っていた。最後の靴下はまだ使えない。何が有るか判らないからだ。靴下を脱がせ、その素足に、そのまま靴を履かせ、行く当てもなく横川方面に向かって歩き出した。