小説【ラーメン屋旅館 ――女心――No39】

著者 【 末森拓夢 】


 吾輩は猫である。という出だしで始まる有名な小説が有った筈であるが、どうしてもその作品と、作者の名前が思い出せない。いまさらその小説がわたしの人生を変えるわけではなく、またわたしの性格を変えるほどのことは無い事も知っている。がそのたったの一行にも満たないフレーズが、私の頭の中で何かの拍子に浮かんでは消えていく。

 特に手紙類を見たらそのフレーズが浮かんでくるようだった。河野友美が手紙に書き残した、わたしの顔についての評価が心の奥に残ってしまった様だ。いや本当は、その後の綴りの方が、私にとっては意味が有るのだろうが、自分の中でその意味を考える事が怖くて、その綴りの前に書いていた文章の方が、私の気に掛かる様に、私の脳が勝手に、そんな風に考えるように、操作しているのだろう。

 ところで、良く考えてみたら、吾輩は猫であるというフレーズは変だ。猫が文章を書けるはずが無い。そして一番の重要な事は、猫には言語が理解できないはずである。

 それに書き出しを、猫にしなくてもいいはずである。例えば、
「犬になった私」とか、
「犬がほえて怖かった」でも良いし、
「私は猫に掛けてみた」でもいいはずである。と、私は暇なので、考えていた。

 だが、それよりもっと重要な事が私の身近に起こっていた。実は、銀行に行かないと、いけない事になってしまった。のである

 銀行のキャッシュカードがおかしくなって、使えないのだ。入金する事も、出金する事も出来ないのであった。

 もうじき年末、月末でも有る訳で引き落としが沢山有る。自分の住んでいるマンションの家賃。自分の店の家賃。電気、水道、ガス、電話、新聞代、インターネットのプロバイダー料金、カードを利用した後の代金、その他色々。

 それにしても色んな事でお金を、使っている。それら全ての支払いをしなければ、
「私は短期間でお金持ちになれるかもしれない」と思える位であった。

 ところで銀行と言う所は、窓口業務ということに対しては、すごく時間が掛かるようである。銀行で、カウンター越しに相手を見ながら用事を頼むという事は最近、その必要性が無くなってしまった。最初に、自分の口座さえ作る事が出来れば、その後行く必要は無いと言う事である。そんな訳で私は最近の銀行の事情をよく知らなかった。

 かれこれすでに40分は過ぎている。自分の店の鍵を閉めたのが2時15分ごろ、銀行まで歩いて5分だから2時20分頃には、私は銀行の中に入った事になる。それなのに今、銀行はシャッターを閉め始めている。まるで私たちを閉じ込めるようであった。

 そうか分かった。きっと私たちを閉じ込めて、私たちのそんなに在りはしない財産を、取ろうとしているのに違いない。

 きっとそういう事に違いない。そうでなければ、こんな理不尽に、わたしの大事な時間を、無駄にする事が無いはずである。

 私がこの銀行を訪れ、カウンター越しに目の合った女性の銀行員に用件を伝えようとした時、その女性に、
「そこのカード発券機でカードを受け取とって下さい。順番にその番号をお呼びしますので、それまでお待ちください」

 と言われた。それはわたしの都合で言った訳では無く、銀行側の一方的な申し付けである。私たちはお客になるわけだから
「その事を守らないといけない」と銀行と約束をした記憶が無い。そんな約束事が有るなら、私が銀行口座を作る時にその事を告げておかないといけないはずである。それにそのカードの番号を呼び出す時間が異常に長い。私が受け取ったカードの番号は、216番であった。その時呼び出している番号は199番であった。私は

 
「直ぐに順番が来るな」と思っていたのだが、次の番号を呼ばないのだ。3分に1回しか呼んでいない。

 もしもこの銀行が、私たちの財産が目当てでは無くて本当に時間が掛かるのなら、そうだと最初からどこかに明記しておくべきだ。と思ったら私の直ぐ後ろの案内板にそう書いてあった。
「現在、待ち時間は約1時間です」と。

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