名前は竹原のはずである。いつもひとりで来るのだが、半年ぐらい前、友人らしき人物と来ていて、竹原と呼ばれていたので覚えていた。私達みたいな飲食店でお客の名前を知る機会は少ないのだが、印象の強い人は、何かの機会に知る事があった。印象の強い人には、普段から結構気を配っている証拠だろう。
下の名前は知る機会が無かったので分からないが、いつも、夜の九時を過ぎたこの時間帯か、昼の十一時過ぎに来店してくれる。印象だけで人を判断するのはどうかと思うが、この人の職業は、ヤクザ、と思っている。
もうひとりの客は私の友人であり、同級生でもある、大友清だ。先ほどから、酒をちびりちびり飲んでいる。今日の彼は寒い懐に違いない。酒の肴には、おでんのスジ肉と玉子しか取っていない。それと寒い懐を証明する事実は、彼は私から遠ざかるよう店の入り口近くで、私から離れたように飲んでいた。懐が暖かい時だと間違いなく彼は、私の前に陣取り、大きな顔をして飲んでいる。
今日の彼はいつも通りの服装をしていた。よれよれのシャツに、薄汚れたネクタイ、何シーズンも見かけるスーツに、コート代わりの黒のジャンパー。靴と靴下まではチェックできなかったが、磨いていない革靴と、黒の靴下だろう。
その大友が、いきなり元気な声で私に話しかけてきた。
「お前さ。砂金、知っているか」
「砂金か。知ってるよ。金の塊になる前の、砂に混じっているものだろ」
「そう。それで今度さ、儲かる話が入りそうなんだ。デカイぞ」
「何がでかいの。まさか
「砂金の粒がでかい」なんて言わないでくれよ」
「東京のクライアントが、持ってきた話なんだけど……。いや、やっぱり止めとくわ、話が本決まりになったら、話す事にするわ」
急に声のトーンを下げた大友が、少し気になって。
「どうしたんや、大友。今日は元気がないの」
「実は巧妙な罠に嵌められて」
私は、またか、と思った。大友はお金の無い時、決まって巧妙なウソをつく。取りあえず、聞いている振りをすることにした。
彼は暫く話しを続けていたが急に話題を変えた。巧妙な話は駄目だと思ったらしい。
「ところで三年前に行方不明になった、冒険家の井上、覚えているか」
「ああ。確か北極で遭難した奴だろ。まだ記憶の中には有るよ。あまり付き合いは無かったし、俺は、あいつの事、好きではなかったから、かえって記憶があるよ」
「その井上が、見つかったらしいよ」
「ふーん。何処で」