小説【ラーメン屋旅館 ――女心――No43】

著者 【 末森拓夢 】


 その日、最初の客は竹原さんだった。例の怖い人だ。月に2回位のペースで来てくれる人で、いつもと同じきっちりした服装をしていた。ただ、いつもと違うのは女性を連れている事であった。前に2度くらい連れてきた事があった。
「おい。あるじ。本当に今日はラーメンが無いのか」

 ドスの利いた声でそう話しかけて来た。何回聞いてもそのドスの利いた声は怖かった。
「いえ。あれはその、………ユーモアでして。見ての通りこの辺りは、御用納めが済んでいまして。ただ今日は急に友人来ると言い出して、私どもの仕込みが出来ていないものですから、そういう風に、書いただけでして………」
「それで出来るの、出来ないの。はっきり言ってくれ」
「ああっ、それは何とかなります。というよりは何とかします」
「ああっ。何とかしろ。見ての通りだからな。せっかく美味しいラーメンを食べさせようと思って連れてきたんだから」

 私が必死になって作っていると、その男性が、
「おい。あるじ。おまえ餃子はどうした。昔は作っていたじゃないか。俺は、あの餃子が食べたいんだが。もう作らないのか」
「ええ。今のところは予定には入れていませんが」

 そう答えたが、私はドキッ、とした。昔、確かに妻がいる頃は、餃子を作っていた。その餃子が食べたいらしい。

 またひとりわがままな人が増えるかもしれない事と、その男性がしゃべること自体に、ドキッとしたのであった。さらにその男性は、
「ビールでも貰おうかなー」

 と言い出した。私は直ぐにビール瓶の栓を抜き、差し出した。するとその男性は、
「えっ。俺は貰おうかなー。と言っただけで、もらうとは言ってないぞ。これは、あるじのおごりだな」
「ゲェ」と思ったら。その横にいる女性が、
「アンタ」と言った。まるで鶴の一声であった。その男性は、
「ああっ。冗談だよ」

 暫くしてその男性は帰っていった。もちろんビール代は置いて帰った。

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