小説【ラーメン屋旅館 ――女心――No44】

著者 【 末森拓夢 】


 だがその後にお客は来なかった。私は、半分自棄になって、店のビールを、残り物のチャーシューをつまみに、ちびりちびりとやり始めた。それは昼を過ぎた1時頃からである。グラスに注ぎ、先ずは一口、厚めに切ったチャーシューを頬張り、また一口、これが結構美味しいので有る。こんなに美味しいチャーシューをお客だけに食べさせるのはもったいない。2杯目のビールをグラスに注ぎ、口をつけようとした時、河野友美が入ってきた。いつもなら暖簾の間から観察しているから、先に気が付くのだが、今日はビールに気を取られ、気が付くのが遅れた。私はその醜態を言葉で隠すように、
「おはよう。君も飲む」

 そう言ってから、
「しまった。そんな事は言うべきではなかった」と思ったが、彼女はクスッと笑い、答えてくれた。
「今からちょっと母親の所に行って来ます。それと元の夫の所にも寄って、ちゃんと話しをして来ようと思います。多分かなり怒られると思いますけど」
「えっ。駄目、駄目。元の夫の所はまずい。もうちょっと時間を置いて、ちゃんとした代理人を立てて、話しをした方が良い」
「そうですか」

 多分彼女は世間を、そんなには知らないのだろう。
「先ず間違いは無い。もめるから。そんな時に二人だけというのは危険だ。少なくとも、第三者が居る時でないと会ってはいけない。代理人なら、私が探してあげる。それなりに経験が有る人を知っているから」
「ひょっとしてあの探偵さんですか」
「そう、その探偵さんだ。大友清という名前だけどね」

 以前ちゃんと紹介したつもりなのに覚えていないみたいな気がした。そうだとしたら、大友は影が薄いと言う事になる。
「そうした方がいいんですかね」
「間違いは無い。今回は会わない事にして、母親だけに会って来なさい」
「うーん。ちょっと。行く途中でよく考えてからにします」
「その通り。良く考えて。そうだ何か有った時の事を考えて携帯教えておくよ」

 彼女は自分の携帯を取り出して、それから私の方を見て、
「何番ですか」

 と聞いてきた。
「あっ、携帯持っていたの。そうだよね。近頃の若い子が持っていないわけは無いよね。良いかな、090―4800―××××」

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