小説【ラーメン屋旅館 ――女心――No53】

著者 【 末森拓夢 】


 そう言いながら、私から見たら通路を挟んだ反対側の、進行方向がわにひとつ、ずれた4人掛けのシートに座った。向き合ったその夫婦は、どうやら新婚ではなさそうである。

 子どもを連れていないところを見ると、子どもはいないのか、もしくは田舎に預けてあって、今からその子どもを連れ戻しに行くのか、どっちにしても私には関係無い事であった。

 男性が、目の前の私のことをちらっと見てから、にやりと笑い、自分の持っていた袋から350mlのビール缶を取り出し、栓を開いた。その栓の開ける音で気がついた女性が、
「あんたぁねぇ。朝から飲む事は無いでしょ。まったく」
「別にビールぐらい、えかろうが。正月なんだから」

 確かに正月ぐらい仕事が無い人は朝から飲んでも構わない。別に差し支えの有る事ではない。この夫婦の場合、女性の方から男性に食って掛かっているように感じられた。
「あなたねぇ、正月は良いけど人目を気にしてよ。みっともない」
「でも飲んでいるよ」

 そう行って私達の方をチラッと見た。女性はそれまで私達がここにいることに気がついていなかったのか、振り返ってみて、きびすを返すように
「フン」と前を向いた。

 たいした事では無いのに突っ掛かっていくのは、仲の良くない証拠である。その光景を見ていて、私は前の妻と分れたときの事を思い出していた。

 日曜の夜の事だった。家族が揃って食事をとったのはそれが最後となった。その時も会話らしい、会話は無く、子供達はテレビを見ながら食事を取っていた。何時からだろうか、子供が食事の時、テレビを見るようになったのは。子供は、別に笑うでも無し、真剣に見るでも無し、ただ単に眺めている、そんな感じだった。少し前までは笑い声が聞かれていたのに。

 私も妻も互いにギクシャクしていた。ラーメン屋を始めていたが、理想どおりには、いってなかった。要するに収入が減ったのだ。妻はその責任を私に押し付けていた。だが彼女もラーメン屋を開店する事に、反対していた訳ではない。それどころか最初の頃は、喜んで店の手伝いをしてくれていた。

 良く考えたらラーメン屋を開店する前から、あまり仲は良くなかったのかも知れない。彼女との夜の関係は1年くらい無かった。共通の趣味は無く、話題は何時もすれ違いで、彼女の言う事の反対を、私が言って、彼女は、私の意見はすべて否定していた。ただラーメン屋の開店だけだった、賛成してくれたのは。私が儲かると言ったからだろう。開店する前には少なからずともトラックの運転手としての収入があり、今思えば、それだけが二人の仲を支えていたのかもしれない。ぼんやりとそんな事を考えながら美味しいとは感じられない食事をしていた。

 その時下の子の拓馬が、箸を落とした。妻がそれをひらおうとした。何時もの事でその箸を洗おうとしたのだ。私は思わず彼女に言った。
「自分でやらせろ」

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