些細な事である。別に誰が箸を落とそうと、それを誰が洗おうと、私の人生に変わりはない。ただ単に彼女の行為が気に入らなかっただけである。だが彼女から見ても、私が声を掛けた事が気に入らなかった。
「別に良いじゃない、私が洗っても」
「いや、駄目だ。子供の教育にならない」
二人とも喧嘩腰になっていた。
「そんなぁ。昨日までは何も言わなかったくせに、今日いきなりそんな事を言い出さなくても良いでしょ」
「いや、何時かは言わなければ、いつまでもやっていると、子供の為にならない」
子供は自分で箸をひらい、立ってその箸を洗いに行った。その目に涙が浮かんでいるのに気がついた私は、
「もう良い。メシは要らん」
そう言って、自分の部屋に入った。何もする事は無い。ベッドに横たわり、ぼんやりとしていた。リビングで妻と子供の話す声が微かに聞こえていた。それが何時の間にか聞こえなくなり、テレビの音も聞こえなくなった。子供が寝たのだろう。しばらくして物音が聞こえた。多分妻だ。そう思って時計を見ると夜中の2時になっていた。私の部屋のドアは開いていた。その隙間からトイレに行く妻の姿が見えた。トイレから出たところで私が声を掛けた。
「ちょっと話がある。ここに来い」
彼女はけだるそうな顔をして部屋に入ってきた。
「もう別れよう」
それだけを妻に向かって、言った。
「分かりました。私達別れた方が良いみたいね」
それだけを言って、彼女は部屋を出た。翌朝私は誰とも顔をあわさず、自分の店に向かった。深夜遅くなって帰ると妻は待っていた。お互い事務的な話をした。
1DKの部屋を借りて、そこに妻が住むことになった。子供は普段、私が面倒を見て週末だけ妻が見る事になった。それはただ単に収入力の違いで決めたものだった。要するに、学費とか、食費、生活費を私が出しなさい、と言っているようなものだ。家に有る財産、もっともびみたるものであるが、二人で分ける事になった。
まずは当座の妻の生活費として30万円、私達親子が30万円、妻の借りる部屋の敷金等に20万円、引越し費用として10万円、それを、今有る金額から引いて、残った金額をただ単に半分に分けた。私の取り分は50万円とちょっとしかなかった。今日の、店の売上を私は出さなかった。今日はひとりで働いたからだ。ただその金額は、2万円にも満たなかった。妻はもう部屋を決めていて、明日出て行くという。それが良いだろう。もう一時も一緒の家には、いたくなかった。
翌朝も誰とも顔をあわさずに店に向かった。が、流石に気になって、夕方の7時で店を閉めて家に帰った。彼女の荷物は無くなっていた。子供が二人いるだけだった。子供達は、妻が最後にこの家で作った晩御飯を、さびしそうに食べている最中だった。
そんなことを思い出しているとき、列車が止まった。やすの駅だった。先ほどの夫婦はその駅で降りていった。