小説【ラーメン屋旅館 ――女心――no56】

著者 【 末森拓夢 】


 夕飯には、ご飯と、味噌汁と、鮎の干物、鮎寿司、多分自家製の、沢庵と白菜の漬物、それから酒の肴に鮎の潤香が食卓に上っていた。爺さんにはタイの刺身が6切れぐらいだしてあった。ぼけ防止の為に、爺さんが気を使い、特別に頼んだのだろう。その食卓に上ったものを見ていると、鮎を使ったおかずが、多いのに気が付いた。

 鮎は川に住む魚で、取れる時期は、夏場に限られていた。鮎は、川の岩の表面に付いた藻を、主食としていて、普通に、餌を針につけて釣る、このやり方では釣れない。

 友釣りというやり方で釣り上げる。鮎は主食の、岩に付いた藻を守るため、他の鮎が近付いた時、体当たりしてその鮎を追い払おうとする。
「私の陣地に入ってくるな」という感じだろうか、鮎が持った習性を利用したものだ。その鮎の陣地に、針をぶら下げた鮎を近づけていくと、そこを陣地としている鮎が、
「私の陣地に入ってくるな」とぶつかっって来る。すると当然ぶら下がった針に鮎が、掛かるのであった。そうした釣り方で取るので、鮎が元気に捕食する時しか取れない。もともと鮎は1年魚と呼ばれる魚で、夏を過ぎると産卵をし、その生涯を終えて、川に流されていく。その産卵された物はやがて孵化して、小さな稚児になり、川を下っていく。大きな海で、川を登って行くだけの力をつけた鮎の子ども、いや鮎とはいえない小魚は、いくつもの試練を受けながら、川を上り成魚となって行く。そしてまた鮎が釣れるのであった。

 それを見ていると、私の頭に閃くもの、つまりその鮎を見る事により脳が反応した訳だ。
「この鮎を、わたしの店の料理に使えないだろうか」

 最近は私も、自分の料理の事を、考えるようにしている。年中同じ味だと、飽きられるのではないか。それならば季節ごとに、スープの味を変えて、季節感を出すようにしたらどうだろうか。ただその季節感を出すのが難しくて、今は、その食材を探している所であった。鮎は夏場のものだから、今から研究をしていけば、夏までには何とか完成するだろう。今は冬であって、広島と言えば牡蠣が有名である。だからといって、今すぐにその牡蠣を使っても、いい結果は現れない。試行錯誤を繰り返しやっと出来た時には、多分春か、夏である。そのときに牡蠣の味がしても季節感は無い事になって、客に受けるはずが無い。だから半年前とか、一年前に、研究を始めなくては遅い、という事になる。だから今、鮎なのだ。料理の研究とはそんなものだ。

 鮎を鰹節みたいな状態に出来ないだろうか。それが出来れば、鰹と鮎を、適当な配合に混ぜて、出汁を取ったらどうだろうか。そして鮎の潤香は、たれに混ぜるのだ。潤香の苦味と微かに香る藻の風味が、なんともいえない具合に混ざり合って、季節感をかもし出す事が、出来そうな気がした。そんな事を考えていると、隣に座っているあきが、
「これは何」

 と聞いてきた。潤香の事だ。お酒を飲まない彼女にとっては、始めて見る物なのだろう。知らない人が見れば確かに得体の知れないものだ。
「それは潤香と言って、鮎の内臓を塩漬けしたものだ。お酒を飲む人から見たら、結構、肴の充てに成るもので、イカの塩辛と同じようなものだ」

 と話した。ふと気が付くと、みんなそれぞれに話しをしていた。大友は、反岡青年と、あきは私としている。一番の問題児、爺さんはいなかった。

 慌てて付近を見まわすと、いた。女性のグループにいて何かを話していた。私の脳が私に命令した。
「見ていない事にしろ」私はその命令に忠実に従った。

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